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東京高等裁判所 昭和50年(ツ)42号 判決

上告人(一審被告、二審被控訴人)

滝康司

右訴訟代理人

八木下選

八木下繁一

被上告人(一審原告、二審控訴人)

滝康則

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

別紙上告理由第一点について。《中略》

同第八点について。

原判決が、民法第五五〇条所定の書面というためには、「当事者間において贈与者が自己の財産を相手方に与える慎重な意思を文書を通じて確実に看取し得る程度の表現」(最高裁第一小法廷昭和二五年一一月一六日判決民集四巻一一号五六七頁参照)のある書面で足り、また必ずしも贈与契約当時に作成される必要はない旨を判示し、かつ、所論条件付所有権移転仮登記の登記申請書には贈与を証する原因証書は添付されていないけれども、同申請書(乙第一号証の一)に登記原因として「昭和四三年一二月三日停止条件付贈与契約(条件農地法第三条の許可)」と記載されており、そこに添付されている司法書士に対する委任状(乙第一号証の二)には、登記権利者として被上告人の署名捺印、登記義務者として上告人の署名捺印がなされているうえ、委任事項として「下記当事者において昭和四三年一二月三日停止条件付贈与契約をしたので所有権移転仮登記を水戸地方法務局士浦支局に申請する一切の件(条件農地法第三条の許可)」と記載されている事実を認定して、右委任状の添付された登記申請書が該委任状と一体として民法第五五〇条所定の贈与書面と解されるものとした判断は是認できる。

所論は、民法第五五〇条にいう書面は贈与者が受贈者に宛てて作成したものでなければならず、登記申請書は登記官に対する書面であるから同条所定の書面には当らないというが、同条所定の書面たるには、贈与者が自己の財産を相手方に与える慎重な意思が当該文書を通じて当事者間に確実に看取しうる程度の表現があれば足るものと解すべきこと前示のとおりであつて、書面の名宛人が受贈者でなければならないことはないものと解するのを相当とするから、所論は採用できない。また、右書面から仮登記申請書を除外すべきであるとの所論は、独自の見解にすぎず、原判決が所論判断に違反するとの論旨も採用の限りでない。

同第九点について。《後略》

(畔上英治 安倍正三 唐松寛)

上告理由

《前略》

第八点 原判決は、民法五五〇条の解決を誤り、かつ最高裁昭和二五年一一月一六日判決に違反している。

原判決は、上告人の贈与取消の主張を斥け、原因証書はないが委任状付の登記申請書を民法五五〇条所定の贈与書面に該当するとしている。

書面によらない贈与を取り消し得べきものとしたのは、原判決および前記最高判決がいうように、贈与意思の明確化と軽率な贈与を予防しようとする趣旨であるから「当事者間において贈与者が自己の財産を相手方に与える慎重な意思を文書を通じて確実に看取しうる程度の表現」がなくてはならない。

右判決によれば、先ずこの書面は、当事者間において作られたものでなければならない。上告人から被上告人あてに作られたものでなければならない。しかるに前記申請書は、登記官に対する書面である。名宛人は被上告人ではない。自己の財産を相手方に与える慎重な意思を確実に看取しうるものでなければならないか、右申請書等には、仮登記を申請する意思が表現されているにとどまる。財産処分の意思ではなく、登記申請という公法行為をする意思が表われているにとどまる。私法行為でないことに意味がある。この書面の名宛人は被上告人ではなく、被上告人もこの書面は受領していない。受領されるべきものとして作成されたものでもない。しかも、仮登記権利証も被上告人には交付されていない。本登記ではなくて仮登記である。農地法三条許可の条件付であり被上告人が学生である以上許可になる見込はなかつた。これは双方とも知つていたことである。自己の財産を上告人に与える意思を看取することはできないはずである。

一般に本登記まで行われたときは、原因証書がないときでも贈与の取消は許されない。これは履行が終つたからだと説明されている。委任状付登記申請書が民法五五〇条の書面にあたるという解釈ではない。

この理を進めて行けば、仮登記の場合は取消が許されるはずである。

原判決がいう委任状付登記申請書は、仮登記名義をのみ移すために登記官あてに作成された書面以上のものではなく、ここから上告人が財産を被上告人に与える意思を看取することは、とうてい無理である。

村の予算書および村会の議事録に功労金支出の記載があつても、それは民法第五五〇条の書面たりえないとした昭和一三年一二月八日大審院判決によれば、書面による贈与というるためには受贈者に対する贈与の意思が書面に記載せられることを要し、その他の書面により贈与があつた事実を認めうるだけではたりない。本件仮登記申請書も右予算書、議事録と異ならず、上告人・被上告人との間の贈与の効果意思の現われている書面とはいえない。

最高昭和三七年四月二六日判決は五五〇条の書面にあたるとしているが、それは県知事に対する農地所有権移転許可申請書である。この書面は仮登記ではなく所有権移転そのものを、それ故、現実に占有の引渡も予定しており、権利を移転しようとする事由の詳細、権利を移転しようとする契約の内容の項があり、それぞれ該当事項が記入されており双方が記名押印している。仮登記申請が形式審査を受けるだけであり、したがつて通謀虚偽表示による申請も当然に受理されるのに対し右許可申請は、譲受人が農地を譲り受ける資格があるかどうか行政庁が調査することになつており、申請人らもこれを予想している。そもそも通謀虚偽表示の許可申請は、本来許可されないはずのものである。原判決の判断は、この判例にも違反している。

《後略》

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